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Moment di 360°

05

Sono la donna

私って、あの人のなんなんだろう。

もうとっくに仕事へ出かけていってしまった「あの人」への苛立ちは、我が子の可愛い寝顔を見つめているうち、言いようのない悲しみへと変わっていった。

今朝の夫のなにげない、でもとびきり無神経な一言から私の中の時計が止まっている。そんな場所から少しでも早く逃げなければいけないような焦燥に突如かられて、いつものスニーカーを履いて家の外へ飛び出した。
ベビーカーを押し続ければ涙が溢れない。そうすることが、今の私に思いつく精一杯だった。

いったいどうやって電車に乗ってどんな道のりを歩いたのだろうか。
ふと気づけば、産休前同僚とランチに、買い物に、と足繁く通っていたビルの前に佇んでいる。
私の足は、私の頭に考える間も与えず中へと進み、ひとつのお店へといざなう。

あ、なんだか久しぶり。

お店に足を踏み入れた私は、必死に歩き続けていたせいか、とても疲れていた。
それでも、お気に入りだった靴屋さんに懐かしさを感じて、昔そうしていたように店内をぐるりと見回してみる。すると、奥の方から私を呼んでいる靴がいた。

  • それは、美しいペールブルーのフラットパンプス。
    なんとも優しげな青みはスエード特有のしっとりとした艶をふくみ、品よく、だけど凛とした顔で私をまっすぐみつめている。

    高いヒールでコツコツと音を鳴らしながら硬い床を歩くことが、仕事のできる女性の象徴。しかもベーシックカラーがお決まり。そうキメこんでいた私が、一度も手にとったことのないタイプの靴。

    触れることさえ躊躇してしまいそうな澄んだ色の靴に、少しの緊張感を覚えながら手にとった。
    ほどよく尖ったトゥにつま先をいれ、ホールカットを施した新鮮なストラップをそっと踵にかけると、その靴は待っていたかのように私を優しく包み込んでくれた。

    今の私になんてぴったりなんだろう。
    この足でまっすぐ家に帰ろう。

    疲れ切っていたはずの私の足取りは驚くほど軽かった。私はいつもと変わらずベビーカーの我が子に話しかけながらも、いつもとは明らかに異なる心地よい違和感を楽しんでいた。自分の足に目をやるたびに心の奥底から湧き上がるワクワク感は、本当の自分の元へ久々に帰ってきたような気分にさえしてくれる。

  • そういえば「あの人」と初めて出会ったとき、真っ先に私の靴を褒めてくれた瞬間から、靴は私にとって、特別なものへと変わっていた。かくいう「あの人」も自分の靴にはこだわりのある人だった。

    きっと最近の私は、自分らしさに目を向けないことを子育てのせいにしていたんだ。
    会社勤めしていたときとは違うけれど、今の私に似合う靴がこうして存在していることに気づかないまま、一人の女としての自分を忘れかけていたのかもしれない。

    そう考えながら再び足元に視線を向けてみる。スニーカーを履き続けていた私でも無理をせずに女らしく、何よりも、今まで身につけたことのなかった色とバックシャンなデザインが私を開放的な気分にさせてくれている。
    この靴と過ごすこれからの季節が、待ちきれない。
    いつの間にか何かを失っていたのは私。帰って夫に謝ろう。
    自分でも驚くほど心が躍っていた。

    家に戻って扉を開けると、いつもより早く帰っていた夫が靴磨きをしている。

    おかえり、綺麗な色だね。

    久々に耳にした彼の優しい褒め言葉で、この1年、ずっと心につかえていた何かがすっと消えたような気がした。

    私は、ごめんね。の代わりに、ただいま。と彼に微笑んで、我が子をギュッと抱きあげた。

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