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Moment di 360°

06

Dress code

この1週間ほど、クローゼットを開けるたび1つの箱がその存在を主張してくる。

リッチなダークブラウンカラーのその箱の中身は、休日らしい贅沢がしたくて珍しく1杯のシャンパンを楽しんだ昼下がり、帰りがけに衝動買いしたサンダルだ。
たまたま通りがかった店に飾られたこの靴を見つけた瞬間、長らく探し続けていた私のかけらを見つけたようで、試着さえせず連れて帰ってきてしまった。

ほろ酔いだったとはいえ、いつもコンサバが心地良いはずの私にしてはかなり思い切った買い物をしたものだと家に着いて冷静になったけれど、本当は、「買わない」という選択肢を持ち合わせていないほど必然的だ。

それは高校生の夏。
私は祖母の家にやってきた小さな熱帯魚の虜となった。
優雅に、そして水槽の中とはいえど自由気ままに泳ぎまわる姿が、自分とは正反対のようでなんだか羨ましく、だけど嫉妬にも似た、自分ではうまく説明のつかないアンバランスな感情を抱かせる。
「エンゼルフィッシュっていうのよ。そんなに気に入ったのなら持って帰る?」
「ううん、いいの」
すぐにでも手に入れたい。でも10代の私にはなぜかその勇気がなかった。

  • ふと現実の我に返り、箱の中をそっと覗いてみる。
    はっきりとしたカナリヤイエローにロイヤルブルー、そこに落ち着きのあるソフトベージュとクールブラックが絶妙に交じり合い、美しく、そして潔く色付けられたヘアカーフ。
    鮮やかなのに優雅で、奔放なのに知的な、独特の神秘的ムード。

    やっぱり、あのときと同じ柄。

    吸い込まれるように美しいトゥを眺めていると、高校生の頃には不相応と感じたエンゼルフィッシュをやっと手にしたかのような嬉しさがこみ上げてきた。意を決して、サンダルに足を入れてみようと手を伸ばした瞬間、携帯電話が音を鳴らした。

    「そろそろ夜が気持ちいい季節だし、景色のいいテラスでメキシカンとか、どう?」
    「それ、いいね!」
    「OK!じゃあ今回のテーマはデニムパンツね!」

    同じ学校に通っていた私たちは仲良し3人組で、お揃いの物を持ち、同じような「カワイイ」ファッションをすることになんの疑問も感じていなかった。いや、思春期の揺らぎがちな心が安心感を求め、同じ、ということから脱さないことで絆を確かめ合いたかったのかもしれない。
    卒業し、離ればなれになってから10年以上経つというのに、まだその心地良さが欲しくて、集まるときはこうして「ドレスコード」を決めている。
    何事にも優柔不断な私にとって、とてもありがたいルールだった。

    「素敵!とっても楽しみにしてる!」

    そうメッセージを送った私の心が、いつもより一層躍っているのを感じた。

  • 約束の日は、カラッと晴れた気持ちの良い夜だった。
    あの靴を履いて出かけるには、申し分のない天気だ。

    こなれたシンプルなシルクキャミソールに穿き慣れたスキニーデニム、そしてその先には、いつもの無難なパンプスではなく、気高く主張する色鮮やかなサンダル。

    いつもは服選びに時間がかかるのに、今日はなんの迷いもない。

    これまで一度もしたことのない、でもこれまでで最もしっくりくる凛とした装い。
    優柔不断で臆病でコンサバだと思っていた私は、実は違っていた。
    自分はどうしたいか、を無視し、どうしたら悪目立ちしないかばかり気にするから、何を選ぶにも時間ばかりかかっていたのかもしれない。
    そんな忌まわしい時間から逃れたくて、みんなと同じ、を選択していたんだ。

    だって本当はずっと前から、食後はみんなと同じハーブティーじゃなく、濃いコーヒーでキリッと締めてみたい、と密かに思っていたじゃない。
    今日の私なら、エスプレッソのダブルを堂々と頼めるかもしれない。

    随分と遠回りしたけれど今夜本当の大人になれる予感がして、足取りがどんどんと早まっていく。

    軽快に音を鳴らしていたヒールがメキシカンレストランの前でピタリと止まった。
    この私を2人に受け入れてもらえるかしら、と一瞬の不安がよぎる。
    その時、どこからともなくエンゼルフィッシュがすくみかけた足にそっと囁いた気がした。
    「貴方は貴方、で大丈夫」

    私は心強い味方と、華奢なサンダルのわりにしっかりとしたストラップに後押しされるように、店の中へと、小さくて大きな一歩を踏み出した。

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